ベテラン管理職が陥る部下育成の落とし穴|経験則の危険性

リーダーシップ・部下育成

以前、ある中小企業の管理職の皆さまを対象にした「部下育成研修」に登壇させていただいた際、終了後に個別のキャリアコンサルティングの機会をいただきました。そこでお話した、ある50代管理職の方とのやりとりが、今も深く印象に残っています。

初回のコンサルティングは約半年前。今回が2度目のご相談でした。
テーマは、部下育成について。そこで私が強く感じたのは「経験があるからこそ見落としてしまうこと」の存在です。

今日は改めて「人材育成において本当に必要なこと」について考えてみたいと思います。

経験があるからこそ生まれる“思い込み”

その方は、30年近く同じ会社で勤務され、多くの部下を育ててこられたベテランの管理職です。

「最近の若者は、やる気が見えないんです。会議でも自分の意見を言わないし、なにも考えていないように見える。どうしたらやる気を引き出せるんでしょうか?」

そんな質問から、対話が始まりました。
私は、いつものようにゆっくりと問いかけていきました。

(管理職の方=管と省略)


私:「その部下の方は、なぜ今の仕事を続けているんでしょうか?」
管:「うーん、安定志向でしょうね。堅実にキャリアを積みたいタイプだと思います」
私:「なるほど。その方のモチベーションの源は何だと思いますか?」
管:「承認欲求じゃないかな。認められたい気持ちが強い世代ですし」
私:「では、将来どうなりたいと考えていると思いますか?」
管:「専門性を高めて、この部署で成果を出していきたいのではないかと…」

論理的で、長年の経験に裏打ちされた分析でした。ですが、私はあえてこうお聞きしました。

私:「それ、直接ご本人に聞いてみたことはありますか?」
管:「え……いえ。ですが、一緒に仕事をしていればだいたい分かるものですよ」

そのときの表情には、長年培ってきた経験と直感への確かな自信がにじんでいました。まるで「言葉にしなくても分かる」と言わんばかりの雰囲気でした。

「本人の真意が掴めないので、松井さんから直接話を聞いてもらえませんか?」と依頼されましたが「まずはご自身で直接お話しされてみてはいかがですか?」とご提案しました。

「経験則」と「現実」のギャップ

その後、その方は勇気を出して、部下に直接聞いてみたそうです。

すると、返ってきたことは予想を大きく裏切るものでした。

部下(30代後半)の本音:「正直、この仕事は自分に向いていないと感じています。転職活動をしたい気持ちはありますが、家族もいるし、そんな時間もなくて…。本当は人と接する仕事がしたいんです。お客様の笑顔が見える仕事に興味がありますし、できれば地元に戻ることも考えています」

管理職の方は、かなり驚かれたそうです。

  • 安定志向 → 実は転職を考えている
  • 承認欲求が強い → 実は“人との触れ合い”を求めている
  • スペシャリスト志向 → 実は技術職に疑問を持っている

真逆の価値観が、そこにはありました。

なぜ「わかっているつもり」になるのか

  1. 経験による自信
     「多くの部下を見てきた」という実績が、時に“先入観”を生み出します。
  2. 世代による価値観のズレ
     自分の世代の常識で、若い世代を捉えてしまうことがあります。
  3. 忙しさによる“思考の省略”
     一人ひとりに向き合う余裕がなく、つい「多分こうだろう」で済ませてしまう。

今、求められる部下育成の姿勢とは

  • 経験則より「事実確認」
     いくら経験があっても、目の前の相手の気持ちは聞いてみないと分かりません。
  • 世代論より「個人理解」
     「最近の若い子は…」ではなく、「この人は、何を大切にしているのか」への関心を。
  • 推測より「対話」
     「きっとこうだろう」ではなく、シンプルに「どう思っているの?」と聞いてみること。

問題は「フィードバックの質」

私はその方に、こう問いかけました。

「自立して考える人材を育てたい、と仰っていますが、普段のフィードバックはどのようにされてますか?」

管:「褒めることもしますが、間違いはしっかり正しています。ミスを放置できないので」
私:「どこくらいの割合ですか?指摘7割、承認3割くらいの割合でしょうか?」
管:「……8割指摘かもしれません」

目指すゴールと真逆のアプローチ

  • 目標:自分の頭で考える、自立した部下を育てて強いチームを作りたい
  • 現実:指摘ばかりで、承認が少ない

これでは「どうせ何を言っても否定される」「意見を言うのが怖い」と思わせてしまい、自発的な発言は生まれません。

承認の意味

私:「なぜ“承認”することが必要だと思いますか?」
管:「モチベーションが上がるから…?」
私:「もちろんそれもありますが、本当の目的は“心理的安全性”をつくることです」

人は、安心できる場でなければ本音を言えません。新しいアイデアや考えも、認められている実感があって初めて出てきます。

コンサルティング後の変化

約半年後、再びその管理職の方からお話を伺いました。

「前回のお話は、目から鱗でした。自分では部下のことを考えていたつもりでしたが、逆効果なことをしていました。接し方、承認の仕方、自走する部下への配慮…日々、意識して取り組んでいます」

そして、印象に残った言葉がありました。

「いくつになっても学ばないといけませんね。相談して良かったです」

実際に変えた行動

  • まずは部下の話を最後まで“遮らずに”聴く
  • 指摘の前に、良かった点を具体的に伝える
  • 「あなたはどう思う?」と意見を求める
  • 間違いを伝えるときも、人格を否定しない言い方を心がける

半年間の実践を経て、少しずつ部下からの相談や報告が増えてきたとのことでした。

ベテラン管理職の“学習力”を信じて

この経験を通じて、改めて感じました。

  • 謙虚に自分を振り返る力がある
  • 新しい知識を柔軟に吸収できる
  • 長年の経験があるからこそ、気づきが深い

年齢は関係ありません。「知らなかった」ことを知り、「やってみよう」と行動することで、確実に変わるのです。

人材育成は、目の前の“ひとり”を知ることから

どんなに素晴らしい研修プログラムがあっても、「目の前のこの人が何を求めているのか?」を知らなければ、効果は限定的です。経験豊富だからこそ、相手の声に謙虚に耳を傾ける。人材育成の本質は、そこにあるのではないでしょうか。

「最近の若者は…」と一括りにするのではなく、「この人は何に迷い、何を大切にしているのか?」

まずは、ひとりの部下に、シンプルに聞いてみることから始めてみませんか?

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